お返事ありがとうございました。
「イラクに残りたい」私はニュースで聞いて、やっぱり引いてしまいました・・。
イタリアの人質は殺されてしまいましたよね・・日本人だから奇跡的に助かったというのに。
まだ2名の方の行方もわかりません・・
ただ、家族が迎えに行きたいと言っており、この1週間の出来事をきちんと説明して帰国させたい、という事も知りました。
3名の方は拉致されてから解放されるまで、日本で国論を分けるような議論が起こった事も知らなかったでしょうし、「浦島太郎」状態だと思うんですよね。
だから、すべてを把握してからの意見を聞こうと思いました。
パウエルも、解放された3名に対して、市民にせよ 兵士にせよ 危険なイラクに支援にいくことを誇りに思うと言ったようです。
彼らは賞賛されても、非難されるべきでないと。
話は戻りますが、事情を知った上で、またイラクへ行くと言うのなら、私もGenさんと同じ意見です。もっと大きな事を考えていくべきだと思いました。
(なんか・・文章がグチャグチャでごめんなさい)
日本はWW�暁埓錣�ら他に例を見ない経済発展を遂げた国であることは明らかである。
太平洋戦争の始まりについて調べてみるとアメリカが日本に仕掛けた戦争であると述べるひともいる。また通説としてある日本が真珠湾を攻撃した事に端を発するという意見も当然のことながらある。
先のイラク戦争もそうであるが、戦争とは明らかに大儀なく行われることのほうが多いのではないかとおもう。というのも、人間とは所詮エゴイズムに満ちた生き物であると考えらるからだ。
その事に留意すれば、戦争をはじめる大義名分などいとも簡単に恣意的につくれると思う。
やや前置きが長くなったが、私は日本がすべきことは主に二つあると考える。
まず第一に、短期的というより急を要することとしてイラク復興に際して国連に最大限に寄与することだ。そしてその際に、戦後の日本が経た他国によって行われた民主化が行われる事はどういうことかということを国連に具体的なデータ等を提示する必要があると思う。というのも、イラク国民から自発的にというよりはアメリカ利をはじめとする他国が民主化をおこなおうとしているからだ。これは戦後の日本とアメリカの関係に類似している。
第二に、長期的に日本が主体となって行うべきことは国際社会で各国が軍事費を減らすよう根強く働きかけていく事だと思う。全ての国が軍事力を持たなければ少なくとも血で血を洗うようなことなくなると考えられるからだ。もちろんこれは究極的理想論ではあるが。
しかしながら、どうすれば上記のことは実現できるであろうか。現実問題として北朝鮮、インド、中国等の国内に貧困層をかかえた国々が核に国家予算をつぎ込でいる。それらの国が自国の主張を核兵器を保持しているということを外交カードにしてを国際社会に通したいからそのような行為を続けているのだと私は思う。とすれば、日本はどうすればよいのだろうか。日本を含めた先進国は途上国に現状として行っている援助額を増やす。あるいは、途上国に発言の機会を与えるサッミット等を国家レベルで行う必要があるといえる。そもそも、先進国が儲かる世界経済のシステムが存在するかぎり、その犠牲となっている人から不満がでることは自明である。
つまり、資本主義を基軸として世界が成り立っている世界において平和を実現するには経済的「弱者」に対して「強者」が歩み寄ることが必要であり、日本はそれを実現すべきだと私は思うのである。
かなり長くなってしまいました(ごめんなさい)が、以上の二点が私が思う日本がすべき事です。ついつい熱く語ってしまいました。。
魔恕ンナさん、コメントありがとうございます。
>3名の方は拉致されてから解放されるまで、
>日本で国論を分けるような議論が起こった事も知らなかったでしょうし、
>「浦島太郎」状態だと思うんですよね。
>だから、すべてを把握してからの意見を聞こうと思いました。
そうですね。同意です。でも結局は「メディア」を通してしかわからないので、「すべてを把握」することはできないでしょう。社会的事件が起きたとき、本当に当事者が何を考えていたのかなんて、知り得ないはずです。それでももちろん、家族との対話の結果彼らが何を語るのかを待つべきですよね。
>パウエルも、解放された3名に対して、市民にせよ 兵士にせよ
>危険なイラクに支援にいくことを誇りに思うと言ったようです。
この発言を「3人擁護の論拠」のひとつとして挙げている方が多いですが、自分はそれは少し違うのではないかと思います。パウエルは現実的に「一万人以上が殺戮されているイラク戦争」を仕掛けた米国の当事者なんですから。また米国人も多数人質となっています。彼は寧ろ米国内を向いて語っているような気がしてなりません。
>話は戻りますが、事情を知った上で、またイラクへ行くと言うのなら、私もGenさんと同じ意見です。
>もっと大きな事を考えていくべきだと思いました。
そうですね。そう言うのならば、彼らはメディアの「注目をあびること」を期待しては駄目でしょうね。ひっそりと自分の信念を貫き通すなら、最高に強烈な生き様となるでしょう。
投稿者 Gen : April 17, 2004 10:40 AMtomato-loverさん、コメントありがとうございます。
>先のイラク戦争もそうであるが、
>戦争とは明らかに大儀なく行われることのほうが多いのではないかとおもう。
>というのも、人間とは所詮エゴイズムに満ちた生き物であると考えらるからだ。
>その事に留意すれば、戦争をはじめる大義名分などいとも簡単に恣意的につくれると思う。
ます「所詮エゴイズムに満ちた生き物」は、感覚的にはしっくりきても、科学的に突き詰めていくとそう単純に言い切れないらしいです。自分もこういう考え方をこれまで「議論の前提」にしていたんですが、ある方に批判されてから、少なくとも「実証できないものは議論の前提(論拠)にするのはやめよう」と考えるようになりました。ただ、感覚的には非常にわかるんですけどね。
戦争の大義の問題について。ひとつは経済的野心に駆られて戦争を起こす場合、もうひとつは「軍事経済的に追い詰められた国家は戦争を仕掛ける」場合があるんじゃないでしょうか。あるいは歴史的遺恨が根深い場合。これらが絡み合うと、戦争に結びつく。でもこれだけの理由で戦争を起こすと、国際的には非難される。だから、「大義」をどこかから拾ってくる必要がある。
まがいなりにも「大義」を拾ってこなければならないことは、重要なことだと思います。これが戦争の抑止力として働いている。だからイスラエルもパレスチナ人を全員虐殺することはできないわけです。したがって、大義にこだわり続けることは、戦争抑止力として働くと思うのです。それが「恣意的」であろうとも。
日本がすべきことについて。
>そしてその際に、戦後の日本が経た他国によって行われた民主化が行われる事は
>どういうことかということを国連に具体的なデータ等を提示する必要があると思う。
そうですね。これは新鮮な視点です。しかし難しいのは、戦後の日本とは構造的に異なる部分も多いことです。日本は戦時中「天皇」と「軍部」と「官僚機構」の三軸で国家が動いていたと思います。マッカーサーは、「軍部」を潰す代わりに、「天皇」と「官僚機構」をそのまま存続させる方針をとった。だから大きな混乱なく、日本は経済的復興に集中すれば良かった。
ところがイラクでは、国民を束ねるもの(日本でいう天皇)が分裂しています。有力な聖職者がその役割を果たせるとしても、たとえばシーア派、スンニ派‥などと分裂している。あるいはクルド人やらなんやらという民族対立の問題がある。つまり、「混乱をきっかけに主導権を奪ってしまおう」という各グループの争いが非常に激しい。独裁者フセインは、独裁という手法によって、その分裂状況を束ねることができた。しかしもし「民主化」するのであれば、事態は非常に困難です。いわば日本の中が連合赤軍だらけ、みたいな状況なわけですから。その上での復興をどうするか。
>第二に、長期的に日本が主体となって行うべきことは
>国際社会で各国が軍事費を減らすよう根強く働きかけていく事だと思う。
>全ての国が軍事力を持たなければ少なくとも血で血を洗うようなことなくなると
>考えられるからだ。もちろんこれは究極的理想論ではあるが。
全く同意です。ただ難しいのは、日本がそれを叫ぶのならば、日本は軍事力を増大できないことになってしまうことです。とすれば、北朝鮮からどう自国を守るか?と考えると、結局アメリカに頼るしかない。アメリカを批判できなくなる。この構造が、現在イラクでの米軍の不正を許している現状を許しているという面もある。日本は「どのように軍事力を持たずに自国を守りながら、また同時に自国なりの正義を叫び続けることができるのか?」
そこでtomato-loverさんは解決策を提示した。
>とすれば、日本はどうすればよいのだろうか。
>日本を含めた先進国は途上国に現状として行っている援助額を増やす。
>あるいは、途上国に発言の機会を与えるサッミット等を国家レベルで行う必要があるといえる。
>そもそも、先進国が儲かる世界経済のシステムが存在するかぎり、
>その犠牲となっている人から不満がでることは自明である。
>つまり、資本主義を基軸として世界が成り立っている世界において平和を実現するには
>経済的「弱者」に対して「強者」が歩み寄ることが必要であり、
>日本はそれを実現すべきだと私は思うのである。
おおむね同意ですが、いくら援助しても北朝鮮の脅威は消えない、という面もあるかと思います。それでも、「経済活動」が活発に行われている国家間では戦争はめったに行われない。金が儲かるなら、人殺しはしたくない。最近の中国を見ればそう思う。とすれば、「全国家が同じ土俵で経済活動を行えるようにする」という目標は終着点であると考えます。みんなで儲けることができれば、戦争は少なくとも激減するはずです。
しかし、問題は、経済とは「敗者」から「勝者」が金を吸い上げる構造であるということ。金を儲けるには、どこかから何かを奪わねばならない。無からは何も作れないからです。現在の世界は、「先進国」が「発展途上国」の資本を吸い上げているからこそ、私たちはこうインターネットで議論できているわけです。人口もますます増加しています。本当に日本は「経済的弱者」がある程度の生活水準を達成できる程度にまで、「経済的弱者」に歩み寄ることができるんでしょうか?先進国がそんなことをしたら、平均して、どんな生活レベルになってしまうのか、という恐怖があります。
「資本の再配分」という上記の問題を考えるにあたっては、国連、ないしは世界政府の問題も考える必要があると思います。ただ現実的にどのようなモデルがありうるのだろうか。このことは探求し続ける意義があるテーマだと思う。そして考えれば考えるほど、ため息しかでない。物々交換の世の中?うーん。もちろん俺が述べたことは極論ではあるんですが、それでも非常に難しいと思います。
いかがでしょうか。
「人間は所詮エゴイズムに満ちた生き物である」に関して。確かにご指摘のとうり、私自身実証していないし、実証されたというデータや文献を自分で確かめたこともない。しかし、「人間のやってることって結局エゴイズムなのではなかろうか」と歴史や、日常をみると思ってしまう。なぜそう思うのか考えると「人間はエゴにみちたものである」というある種の偏見を通してしかものを捉えてなかったからではないかという答えに行き着いた。あぁ、偏見って恐ろしい。というわけでまずは指摘にたいして感謝致します。
「大儀」について、私は大儀は恣意的になりうるのでそれを考えることにあまり意味がないというような内容をのべた。それにたいして、「大儀は戦争抑止力として働くので意味がある」とGenさんは述べた。実にそうだと思う。
日本がすべきことに関して。私はイラクの民主化に際して日本が経た民主化のデータを国連に提出すべきだと述べた。それに対して、現在のイラクの状況と日本の状況は大きく構造的に違うという指摘を頂いた。
無論そうだと思う。しかし、私が言いたかったのは他国によって「民主化」されることがどのようなことかについて日本がイラクの人を精神面で理解でき、又国連に助言できるのではないかということである。(やや語弊があったとおもうが)
仮に日本が軍事力を増大できない状況下において「北朝鮮からの攻撃の可能性にたいしてどのように自国を守り、自国なりの正義を叫ぶ事ができるか。」これは恐ろしいので考えたくないからあえて無視してたことである。
はぁー。。極論に近くなりますが、北朝鮮に十分、経済援助等をしたうえで、北朝鮮が日本に攻撃してくるのであれば国連決議などで各国の賛成を得、日本は自国の「軍(自衛隊)」ではなく国連軍に防衛を依拠すべきだと私は思う。実際、戦争する可能性のある多くの場合、なんらかの示唆的発言、および行動があるとおもうのでそこから未然に戦争状態を回避することを望むが。
「富の再分配」について。「仮に、世界の人の経済的生活水準を平均したらどんな生活なのであろか」とは昔からよく考えることではある。「経済的勝者」が「経済的弱者」に歩みよることをしたら「平均してどんな生活レベルになってしまうのか、という恐怖がある」とコメントを頂いた。
それはきっと確実に今の経済的生活水準より低いとおもうが、実際にそのようなことが起こる可能性は実に低いともおもう。しかし、少し高めの理想を掲げることは政策実現に有効であると思ったので「富の再分配」についてのべた。
なんだか、矛盾だらけのような気もしますが以上です。
>「人間は所詮エゴイズムに満ちた生き物である」に関して。
>確かにご指摘のとうり、私自身実証していないし、
>実証されたというデータや文献を自分で確かめたこともない。
>しかし、「人間のやってることって結局エゴイズムなのではなかろうか」と歴史や、日常をみると思ってしまう。
>なぜそう思うのか考えると「人間はエゴにみちたものである」という
>ある種の偏見を通してしかものを捉えてなかったからではないかという答えに行き着いた。
>あぁ、偏見って恐ろしい。
俺の場合は、「テロ根絶はエイリアンに頼るしかない?」というエントリーで、いわばリヴァイアサン的な契約を人々が結ぶ前の原初の社会の姿は「弱肉強食の世界」であると冒頭で言い切って、思いっきり批判されました。でも、無秩序の社会はやはり「弱肉強食の世界」ではないか、と今でも思うところがある。どう考えたって。でもこれはバイアスかもしれないし、実際にどうなのかは言い切れないと思う。つまり大事なのは、私たちが(ある程度の裏づけもなしに)「きっとこうだろうなぁ」と感じる事柄を、論の前提として用いないことだと思う。あるいは、「〜である」と言い切らないこと。「私は〜と感じるが」とか、「○○は〜に感じられるが、」みたいな補足的な感じで用いること。論文を書くとき以外は、この程度の注意を払っていれば大丈夫なんじゃないでしょうか。(もちろんネットの文章でこんなこと気にする必要はないかもしれないけど、議論するときは一応気をつけよう、と俺は思いました)
>日本がすべきことに関して。
>私はイラクの民主化に際して日本が経た民主化のデータを国連に提出すべきだと述べた。
>それに対して、現在のイラクの状況と日本の状況は大きく構造的に違うという指摘を頂いた。
>無論そうだと思う。しかし、私が言いたかったのは他国によって「民主化」されることが
>どのようなことかについて日本がイラクの人を精神面で理解でき、
>又国連に助言できるのではないかということである。(やや語弊があったとおもうが)
次の記事のネタにする予定でしたが、これを参考までにどうぞ。
http://www.glocomnet.or.jp/okazaki-inst/iraqjapanjp.html
個人的には、やはりイラクの現状について詳細がわからないため、あまり有効なアドバイスはできない気がしますが、この記事の指摘には少し可能性があるかもしれない。あるいは、tomato-loverさんが意図しているのは、占領統治をいかにするか、という外側からの行政的視点に関する話なのかもしれませんが。
>はぁー。。極論に近くなりますが、北朝鮮に十分、経済援助等をしたうえで、
>北朝鮮が日本に攻撃してくるのであれば国連決議などで各国の賛成を得、
>日本は自国の「軍(自衛隊)」ではなく国連軍に防衛を依拠すべきだと私は思う。
>実際、戦争する可能性のある多くの場合、なんらかの示唆的発言、
>および行動があるとおもうので、そこから未然に戦争状態を回避することを望むが。
俺はその点に関しては悲観的で、その時までによほど国連が「ヨーロッパ諸国に対するEU」みたいな組織になっていない限り、軍事的援助は望めないと思う。tomato-loverさんは他の侵略されている国の人のために死ねますか?おそらく悲しんで、祈って、暗い気持ちを抱いたまま終わるんじゃないでしょうか。日米軍事同盟みたいな法的拘束力の強い同盟関係がない限り、多くは望めないと感じてしまう。
日本人の大多数は、現状のまま「のらりくらり」がいいと考えるでしょう。俺も本心では、それがマシかなと考えるところもあります。少々卑しいけれども、国家戦略的には、アメリカに守られながら、でももう少しフランスのように「○○の大義のためにイラクに自衛隊を派遣するものである」みたいな大見得を切ってやっていくのがbetterだと感じる。でもそれは「正義感」に嘘をついていることでもあり、また日米同盟だってそれほど信用できないし、日本はますます戦場に巻き込まれていくでしょう。極論すれば、アメリカか中国の核の傘に入るか、あるいは自国で核を持つしかないと考えます。その際は、日本が然るべき核と軍事力を持つべきだと思う。でも、あくまで「国連中心」で願わくば世界政府的に平和な世の中が訪れることを祈り、叫び続けるでしょう。俺自身揺れています。
>「富の再分配」について。
>「仮に、世界の人の経済的生活水準を平均したらどんな生活なのであろか」とは
>昔からよく考えることではある。
>「経済的勝者」が「経済的弱者」に歩みよることをしたら
>「平均してどんな生活レベルになってしまうのか、という恐怖がある」とコメントを頂いた。
>それはきっと確実に今の経済的生活水準より低いとおもうが、
>実際にそのようなことが起こる可能性は実に低いともおもう。
>しかし、少し高めの理想を掲げることは政策実現に有効であると思ったので
>「富の再分配」についてのべた。
「きっと今の生活水準より低い」とかいうレベルではなく、想像を絶するものになるんじゃないかと思います。これは全く恣意的な予想ですが、阪神大震災の後の被災者の生活ぶりくらいになるんじゃないでしょうか。平均すると。(全く勝手な予想) 専門家の意見を探してみます。
実際に「先進国」は自分が痛まない程度に援助するポーズをとりつづけ、だましだましやっていくのでしょうね。それに対する「発展途上国」の有力な対抗手段は、全世界に対するテロだと思う。いわば核兵器と生物化学兵器を用いたテロを起こせば、世界の流れが変わる可能性がある。俺がテロリストならそうします。今やれることは、より有効な経済援助を模索し続けることしかないんでしょうけどね。はぁ。
未来って‥
投稿者 Gen : April 24, 2004 02:58 AM つまり大事なのは、私たちが(ある程度の裏づけも なしに)「きっとこうだろうなぁ」と感じる事柄 を、論の前提として用いないことだと思う。あるい は、「〜である」と言い切らないこと。「私は〜と 感じるが」とか、「○○は〜に感じられるが、」み たいな補足的な感じで用いること。論文を書くとき 以外は、この程度の注意を払っていれば大丈夫なん
じゃないでしょうか。
かなり個人的話ですが、そういえば去年の冬学期のゼミ形式の授業で教授から同じ指摘を頂きました。論文(私の場合論文もどき)を書くときですらかなり「本来の民主主義は〜である。」と言い切ってしまったのです。「はたと」思いだしました。気をつけねば。
次の記事のネタにする予定でしたが、これを参考ま でにどうぞ。
http://www.glocomnet.or.jp/okazaki-
inst/iraqjapanjp.html
基本的に私がいいたいこととかぶってました。(こんなことを言うのはおこがましいきもしますが)
そしてぜひblogでGenさんの考えをみたいです。
個人的には、やはりイラクの現状について詳細がわ からないため、あまり有効なアドバイスはできない 気がしますが、この記事の指摘には少し可能性があ るかもしれない。
おととい大学で今月10日頃までイラクにいらした某新聞記者の方のはなしを聞きました。そこで私が聞いたことを少し書きます。
・イラクには免許制度がなく交通渋滞が蔓延してる。
・CPAの取材をするにはcheck pointを六回も通らな ければならない。
・「戦前」、アラブの結婚式は夜9時ころから明け方 まで騒いでたが、治安悪化のため夕方から始まり1 0時ころには終わる。
・自国の文化、とりわけ文明にたいして誇りをもって いる。
・イラクはサダム・フセインの統治に因るとは思うが 理系偏重社会である。医者が最も偉いとされる。
・イラクの大学受験は統一テストで進学大学が決ま る。
・米軍による民間人誤射および米軍原因の交通事故の 補償:書類を提出しても目撃者がいた場合、あるい はテレビの取材映像に映ってるなど場合においての み認められてる現状。申請件数の約2%しか認めら れていない。
実際に現場に行った人の話をきくと戦争してるさなかでも人は生活してるんだなぁと改めて実感しました。
俺はその点に関しては悲観的で、その時までによほ ど国連が「ヨーロッパ諸国に対するEU」みたいな組 織になっていない限り、軍事的援助は望めないと思 う。
確かに私の述べたことは国連に絶対権力があること前提でしか成り立たないと思う。やはり、国際法が強化されなければ平和実現の可能性は低いと思う。その意味で国連の果たすべき役割は大きいと思う。
tomato-loverさんは他の侵略されている国の人のた めに死ねますか?おそらく悲しんで、祈って、暗い 気持ちを抱いたまま終わるんじゃないでしょうか。 日米軍事同盟みたいな法的拘束力の強い同盟関係が ない限り、多くは望めないと感じてしまう。
核心をつかれた質問です。実際、自問するとやはり死にたくないと思う。でも、かりに自分の行為で「力の支配」に対する「法の支配」が強化されるのであればそれでもいいと思う。何もせず世界あるいは人類の終焉を「力の支配」の「勝利」に因り迎えるよりはましだとおもうから。
(実際に選択を迫られてないからこそいえるだけかもしれないが)
少々卑しいけれども、国家戦略的には、アメリカに 守られながら、でももう少しフランスのように「○ ○の大義のためにイラクに自衛隊を派遣するもので ある」みたいな大見得を切ってやっていくのが betterだと感じる。でもそれは「正義感」に嘘をつ いていることでもあり、また日米同盟だってそれほ ど信用できないし、日本はますます戦場に巻き込ま
れていくでしょう。
現実問題として暫くはGenさんの言うような日本がアメリカの後を追うというスタンスは続くし、回避できないと思う。しかしながら、その状況においてでさえ、いくらアメリカや他の国々に批判されても、日本は「自衛隊」を派遣するよりお金だけを出すほうが幾分ましだと思う。
そして、相互にはなしあって決めた事ではなく一国が決めた「正義」に世界が従はざるを得ない「力の支配」が横行してる状況を迂回できるように努めようとしてきる態度を国際社会に示すことが大切だと思う。GNP第二位の日本の態度はわたしたちが思ってる以上に世界の人にとって大きな影響を及ぼしうるものであるとおもうからだ。
極論すれば、アメリカか中国の核の傘に入るか、あ るいは自国で核を持つしかないと考えます。その際 は、日本が然るべき核と軍事力を持つべきだと思 う。
でも、あくまで「国連中心」で願わくば世界政府的 に平和な世の中が訪れることを祈り、叫び続けるで しょう。俺自身揺れています。
WW�兇埜暁�を体験した日本が核兵器を保持せざる得ない状況になってはもう人類の終焉だと思う。可能性がないともいえないので恐ろしいですが。
「きっと今の生活水準より低い」とかいうレベルではなく、想像を絶するものになるんじゃないかと思います。これは全く恣意的な予想ですが、阪神大震災の後の被災者の生活ぶりくらいになるんじゃないでしょうか。平均すると。(全く勝手な予想) 専門家の意見を探してみます。
見つかったらぜひ教えてください。過去に大学の図書館で検索したのですが見つからなかったのです
実際に「先進国」は自分が痛まない程度に援助するポーズをとりつづけ、だましだましやっていくのでしょうね。それに対する「発展途上国」の有力な対抗手段は、全世界に対するテロだと思う。いわば核兵器と生物化学兵器を用いたテロを起こせば、世界の流れが変わる可能性がある。俺がテロリストならそうします。今やれることは、より有効な経済援助を模索し続けることしかないんでしょうけどね。はぁ。
未来って‥
結局、抵抗表明として「テロ」にはしるのは仕方ないと思う。(もちろん「テロ」という行為には反対だが)でもその抵抗を招いてるのは回り回って今存在する「経済的先進国の存在」に他ならないのである。そうすると「抵抗するひとを無視する事=私達が彼らに対して何も考えない事」をすることは無責任なことだと私は思う。
そうゆうことを考えると経済援助をしつつ、抵抗をつづける国の学生の日本留学を支援するといったような地道なことが有効だとおもう。未来はけっして明るくなさそうですが希望だけは捨てたくないです。
そろそろ授業にいかねば…。長々と失礼しました。