India (1)  

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  2002年3月23日、時計の針は9:00を指していた。成田空港第2ターミナルの駅に降り立ち、空港施設内へと歩いていく。アメリカの飛行機テロが原因で、空港のセキュリティ・チェックは強化されていた。空港に足を踏み入れるには、パスポートが必要だった。エア・インディアのカウンターへ向かい、早速飛行機のチェック・インを済ませる。

「機体整備の関係で、離陸が2時間ほど遅れる予定ですので、12時頃またカウンター付近に来ていただけますか?」

さすがエアー・インディアだな、と偏見まじりにそう思った。しかし、たかが2時間。たいしたことはない。無数にある中のひとつのベンチに座り、一服。

「いやー、さっきカウンターにひとりでいるのを見かけたから、声かければよかったなって思ってたんですよ」

同じく2時間待ちの憂き目にあった、やたらとアジア臭い、がたいの良い若い男が話しかけてきた。旅先での出会い、第1号である。

  旅先での人との出会いは、日本人・外国人を問わず無数にある。それは、旅を面白くする要素であり、あるいは、それが旅の楽しみの本質なのかもしれない。少なくとも、これを求めて旅する人が無数にいることだけは間違いない。普段の日常生活では、自分のカタチ(アイデンティティ?)がほぼ固定されてしまっている。誰々の彼氏としての自分、何々大学の学生としての自分、息子としての自分――旅先では、そんなアイデンティティがあまり意味を持たなくなる。旅先で出会う人にとって、私はひとりの個人としての、ただその場に存在する限りにおいての「私」だ。だから「私」は、普段の生活では感じることのできないような自由を旅先で味わうことになる。それはある意味、インターネット世界においての、匿名の「私」が持つ自由に近いのかもしれない。私は自分を簡単に偽ることさえできる――自分を偽り続けていると、自分が情けなく思えたりもするのだが。インターネット世界での自由な「私」より、手間がかかり、危険も伴う、旅先での自由な「私」。しかし、本当に「私」自身が、手さぐりながらも自分で前に進みながら人生を歩んでいる、という感覚をこれほど得ることができる経験は数少ない。だからこそ、旅は魅力的なのだ。

  2時間後、エア・インディアのカウンターへ彼と共に向かう。なんと、その日の成田発デリー行きの便は欠航になったというではないか。原因はエンジン・トラブル。エンジンをインドから空輸しなければならないという。もはや笑い話だ。日本人の癖なのか、私はインド人を中心とした人々がカウンターを取り囲んで一刻も早く新しい情報を得ようとしているのを、少し離れた場所から冷ややかに見つめていた。今回の件で、航空会社側にトラブルが生じた際、自分の交渉力が非常にものをいうということを経験的に学んだ。通常、ある会社の便が欠航になった場合、他社の便に振り替えることになっている。しかし、他社の便にすべての乗客を振り替えることはできない。 他社の便もたいてい席が埋まっているからだ。そんな場合、たとえば「現地でたいへんお世話になった知人が危篤状態で、一番早い便に振り替えてもらわないと、もう生きた姿に会うことができないかもしれない。その場合どう責任を取ってくれるのか」などと会社側に効果的にプレッシャーをかければ、はじめは「振り替えの航空券はもうない」といっていた会社側が、「偶然に一席確保することができました」などと手のひらをかえしてくること請け合いだ。他にも、「おそらく〜することができます」などと言われた場合、「おそらくではなく確証をもらえなければダメだ」などとごねてみたり、責任者を呼び、責任の所在を明確にしてからその人物を相手に、脅しをかけながら交渉するのも効果的である。会社側の言い分は決まって「みんな同じ条件で我慢しているんです」である。だから、「私」の特殊性を強調して、責任が直接降りかかってくる人物を相手に交渉するのが得策なのだ。たとえば、一刻も早く新しい情報を掴み、その情報をもとに行動していれば、「私が一番早く〜した(カウンターに並んだ)のに、その私が航空券をもらえないとはどういうことか」などと会社側にプレッシャーをかけることができる。 「私」に、有利な条件を帯びさせることが重要なのだ。その意味で、トラブルが生じた場合、カウンターを取り囲んで、一刻も早く情報を得ようとするのは得策なのだな、と感じた。

  ともあれ、私にとって今回、交渉はあまり関係がなかった。デリー行きの唯一の他社便(JAL便)はすでに離陸してしまっていたからだ。エアー・インディアのその便はバンコクを経由してデリーへ向かうはずだった。だから、バンコクへ向かう人にとっては、まだまだ交渉の余地があった。私の知り合ったガタイの良い男は、見事に最早のバンコク行き他社便チケットを手にしていた。なにか面白いものを見せられたようで、彼に少し感謝しつつ別れ、航空会社が用意した空港近くのホテルへと向かった。翌日出発のJAL便を待つために。ホテルの部屋のテレビに映る、プロ野球珍プレー・好プレー大賞はなにかやるせない感じを漂わせていた――窓から見える夜桜は、防音のため二重になっているガラスに隔てられ、手が決して届かない感じがした――日常からも切り離され、とはいえ旅の非日常にも加わることのできない、宙吊りの私は孤独を味わっていた。旅に伴う孤独に、まだ体が順応していない感じがした。


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