India (2)  

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  離陸の感覚がこの上なく好きだ。飛行場をゆっくりと移動した後、いきなり加速がはじまり、心地良くシートの背もたれに体重を預けていると、突然ふわっと浮き上がる。空港から見ていた雲の上に突き出て、静かな雲海が眼前に広がる――機内サービスのアルコールでほろ酔い気分になりながら。毎回なぜか期待してしまうが、実際の味はたいてい大したことがない機内食を済ませると、待っているのは飛行機の中だるみ。窮屈なエコノミーシートに身をかがめ、暇なときに読もうと日本から持っていった詩集を手に取る。ムダだった。文字が全く頭に入らない。詩、って読み手が紡ぐストーリーのようなもので、文字が頭をすり抜けていくときはどうにもこうにも無駄なのだ。しかたなく、眠りに落ちる。目が覚める。もう、眠れはしない。隣に座る人との会話を試みるも、2分程度のトークで萎んでしまう。誰とでも会話できるわけではないのだ。ひたすら苦痛、早く着け、早く着けと‥

  雰囲気を一言で表わすと褐色だった。インディラガンディー国際空港に降り立つ。飛行機を降りても、迫り来るような熱気は感じなかった。そう、そこはまだ空港内で、エアコンが効いていたからだ。空港内の椅子にちょこんと座り、しばらくあたりをキョロキョロと見渡していた。両替屋に列ができ、だんだん列が小さくなり、ビジネスマンらしき日本人達が次々と姿を消していく。私のなかに、次に踏み出す気力がなかなか湧き上がってこなかった。なにかアクションを起こさなければならないのに、ただそうするしかないというように、ただ座っていた。あとから振り返ると、そのことは象徴的だったのかもしれない。その日一日は、インドに来た、という実感がわかなかったのだ。インドという国と正面から向き合う心構えができていなかった。実際に、インドと向き合うために特別な構えが必要なのかどうかはわからないが、自分の中に出来上がっていたインドのイメージは、私に身構えることを要求していた。そのせいで、心構えのできていない私は、なにかひどく漠然とインドを恐れていた。自分でも、地に足がついていないのがわかった。街のあらゆるところに立っている警官を横目に、早足で歩く自分がいた。

  腹がすいていた。夜のデリーをうろつき、食堂を探す。二つの店があった。適度に空いていて少し値段が高そうな店と、地元の人が順番待ちで大勢並びやたらと活気のある安食堂。その安食堂にはインド人が大勢群れ、近づきがたく思われた。着いた初日ぐらいは、と空いている店に入ろうとする。でも待てよ、と引き返す。人の並ぶ店=おいしい店。日本のラーメン店事情がそれを物語っている。ここは、この店にいく他はない。それは、インドと正面からぶつかる構えを早く構築するためにも。店に突っ込んでいく。一人の若者とおもいっきりぶつかる。「Sorry」と謝っておく。不思議なもので、店の中で一人ターリー(インドの定食のようなもの。カレー数種類とナン、など)を食べていると、その若者が「Why not join us?」と言って自分たちのテーブルへと誘ってくれた。インド人の英語は聞き取りにくい。何時の間にか私は留学のためインドに来たということになっていた。それを否定し、sightseeingのために来たのだと説明すると、非常に困惑した顔をした。

  観光客に対するインド人の反応は様々だ。金儲けが絡む場合観光客は、良く言えばお客様、悪く言えば格好の餌食である。お金が絡まない場合、インド(特に文化的なもの)に誇りを持っていて、よくぞ観光に来てくれたと歓迎してくれる人々がいる一方、自国の経済的な発展の遅れを嘆き、先進国の日本人が何を冷やかしにインドに来たんだと冷たい反応をする人々もいる。今回の場合、相手は純粋な大学生だったので、後者のパターンだったのかもしれない。当初彼らは「この後空いてるなら飲みに行こう」と誘ってくれていたのに、結局途中でどこかへいってしまったのだから。いずれにせよ、彼らは、これからインドで幾度となく聞かれることになる質問「セックスをしたことがあるか?」を問いかけてきた。

  ホテルの部屋に入ると、何をするにも気力がなかった。ただ、自分の頭の中を整理する必要があると思った。自分を立て直す必要があると考えた。なぜ、ここまで過剰に「インド」ということを意識してしまっているのだろうか――インドと対峙する自分を構築するにはどうすれば良いのか、ぐるぐる考えているうちにベッド・カヴァーの上で眠りに沈んでいった。


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