飛行機墜落事故と、素敵な哲学者(後編)

 二つの別々のものが思わぬとこでひとつに結びつくと、素敵を感じてしまう。恋愛だけじゃない。誕生日の偶然の一致や、出身が同じだったりすることも。とにかく、前編で書いた1985年のジャンボ機墜落事故が、ひとりの哲学者に偶然結びついた。彼の名は、内山節(たかし)。

 日航機が墜落した御巣鷹山を調べてみると、どうやら群馬県上野村にあるらしいことを知る。ふと違和感を覚える。上野村、待てよ?どっかで聞いた名前だ。そこで、あっ、と彼を思い出したのだ。受験問題にもっとも多く文章を使われるともいわれる内山節は、釣りが大好きで、上野村に通ううちに住み着いてしまった。彼は非常勤講師として、去年の夏学期、うちの大学で教えていて、それはそれは大好きな授業だった。たとえるなら、水泳の授業のあとに、窓から差し込む光の中でうたたねをする、そんな雰囲気の授業。以下、このサイトから引用。

 もう5年も前になる。「哲学者」と名乗る人に会ったのは 初めてであった。(中略)数日後、某全国紙のデータベースで内山さんを紹介する記事を見つけた。 確か、こんなあらすじであった。
 ある日、内山さんは道を横断しているヤドカリを見つける。海に向かっているに違いない。 そう直感した内山さんはヤドカリを膝に乗せ、特急列車とタクシーを乗り継ぎながら海まで送っていく−
 おかしな人だなと思った。上野村の内山邸で開かれた餅つきに労働力として雇われたのは翌年の暮れ。内山さんはクマや イノシシの肉を振る舞い、キャビア、ブルーチーズを勧め、エスプレッソを入れてくれた。
 「夜食を用意しておかないとネズミの機嫌が悪くなるんですよ」。夜が更けると、部屋の隅に2つ3つと殻付きの落花生を並べた。 欧州の文化を取り入れた山里の暮らしが“内山流”なのであった。川釣りが三度の飯より好きだが、酒は飲まない。刃物の類は無造作に積み上げたままで頓着しない。銘入りのまたぎ鉈ですら例外ではない。かと思えば、電脳化された居間でコードレスのマウスを自慢気に披露する。
 一貫性があるような、ないような。そんな“らしさ”が、人を傷付けず、誰でも受け入れる懐の深さの源なのであろうか。どこか森に似ていると思う。

 彼は気ままに生きる哲学者だ。哲学の教授ではない。たまに出稼ぎとして講義を行うことはあっても、どの学問組織にも属していない。肩書きなどなく、純粋に文章の力で、勝負し生きてきた。ふらっと「紀州」と書かれた袋なんかを持って、どこか戸惑いながら教室にあらわれたりする。そんな彼と親しくなったのは、喫煙コーナーの煙の中だった。どこか無骨に灰を落としながら、何時間も語り合ってくれた。こんな若造を相手に。大学教授にありがちな、権威で人を見下すところがまったく存在しない。自然について、時間について、愛について、意味について。相手をそのまま受け入れ、真剣に悩み、身体から言葉を発する彼。

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 彼の文章論はとても面白い。詳しくはまたの機会に書くけれど、とにかく、「伝えたいという強い思い無しに書く文章、発する言葉は、絶対に相手にとっておもしろくない」と強調した。伝えたいという思いは、対象への愛がなければ生まれてこない。愛さなければ、言葉は人を揺すぶらない。どこかシャイな彼から、十分すぎるほどのものを受け取った。

 上野村はいまや、現代の資本主義的な価値観とは別の生き方を示す、一つのオピニオンリーダー的な存在になっています。たとえば、今日→明日のうつろいを、成長と捉える直線的な時間観ではなく、陽はまた上りくりかえすと捉える円環的な時間観を、実際に生活の場面で体現する。内山さんは、この村の独自の生活観、世界観を、さらに理論的に強化した。それでも内山さんを置いておいても、ここの村長もまた素敵なんですよね。日航機、墜落したのが上野村だったということが、せめてもの救いなのかもしれない。以下、飛行機墜落事故の死者の弔いを引き受ける覚悟を語った村長の言葉をもって、この文章の結びとします。ご冥福を祈りつつ。(サイトはこちら

 私どもはですよ、葬送・慰霊の真心を尽くしたい。(中略)村民の皆さんと共に、我々は一人で生きているんじゃありませんと。人様に助けて頂いて、それで生かして頂いているんだと。だから、世に生きる以上、他人様の事にも思いをいたし、我々が出来る事は、社会の為に尽くし、働いてそれで、人生を送るべきだという事をですね、別な角度から説いている面もありますからね。(中略)同時にこの事がですよ、飛行機を飛ばす人にも、整備する人にも、重大な事故を起こさない為の戒めの天地がここにあるぞ、何時でもあそこで、運行も整備もしっかりやれ、という事を教えてるぞ、という風にですね、考えてもらいたいと思いますよ。それには、我々が泉岳寺と同じ様にあそこを立派にお守りして、皆さんが厳粛な気持ちをお持ちいただける様な環境にしておく事が必要だと思いますね。

Posted by gen at February 18, 2004 02:11 AM | TrackBack(0)
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