思考の恣意性?

 テロについて書いた文章に対するEP end-pointさんの応答への、再応答。感謝です。先程長々と書いてしまったので簡潔に。

 人間は平和主義な生き物ではない。闘い好きな生物でもない。皮相な性善説性悪説二元論は卒業すべし。「本来」という語を使いたいのであれば、本来そこに意味はない。善悪しかり。勝ち負けしかり。

 明確に言われると、はっとしますね。勉強になりました。人間は(漠然とした言い方でいえば)世界に意味を与え物語を作り、その意味に満ちた物語の中で生きているわけです。「本来」という単語もその(個人的な)物語上の文脈で割り切って用いたのですが、あまりにも不注意でした。本質論的に語ることの危険性を自覚しなおします。
 
 Amasakiさんは「科学性への配慮を怠った思考がいかに恣意的なものか」を示してくださったと思います。勉強不足を痛感させられました。しかしAmasakiさんの応答にかなり違和感を覚えたのも事実です。それは先程取り上げた二つ目の文章を読んでいるからでしょうが、私の文章から「エリート主義・自分は正しいと思い込んでいる・他を見下している」という結論を引き出しておきながら、Amasakiさん自身も同様な思考をしているように見受けられるからです。科学は「より正しい」という意識から導き出されるエリート意識。細かい指摘は控えますが。

 また、私の文章が、Amasakiさんが引き出した科学的言説によって批判的検討されました。もちろん、「至近因と遠因の混同」「フェミニズム科学」などの貴重な視点は(私自身はまだよく理解していないけど)非常に説得力を持っていますが、その科学的言説による論駁からある種の人格非難を導き出す姿勢は、恣意的と言えましょう。科学的言説の正当性の衣装をまとったナルシシズム的攻撃性に抵抗を覚えます。「本を読まずに概要だけで一足飛びに「こういうことか」と決めつけるのは控えておいてくれると助かる。判断は読んでから。」という指摘も、どこが決め付けなのか理解に苦しみます。論に対する指摘が鋭いだけに、残念です。もっとも戦略的な挑発なのかもしれませんが。

 それでも、とにかく非常に勉強になり、関心分野も確実に拡がりました。圧倒的に感謝の気持ちが強いです。認知性差についてはまだ勉強中ですが、これからもAmasakiさんのたしかな読書量に裏打ちされた鋭い視点を、メインのHPとBlog共々楽しみにしています。またいつか、ツッコミを入れてやってください。ありがとうございました。


Posted by gen at March 23, 2004 04:42 AM | TrackBack(0)
Comments

 ***→ へぇ〜 : [記事別Ranking]


Post a comment









Remember personal info?








Trackback