旧オウム真理教がミスチル(シフクノオト)を解剖すると

 教団アレフにだってMr.Childrenを語る権利はある。というわけで、公式HPでミスチルがどういじられているのか、ちょっと見てみたい。論者はメッターダッシン師w。自分のミスチル論を書いたんで長文です。

 「出家してからというもの、ほとんど現世の歌とかは、見たり聞いたりしてないので(それがそもそも出家というものだが)、ミスチルという言葉を知ったのも初めてだった」そうである。さすがに出家ともなると、ミスチルを聴いている暇もないのだろう。メッターダッシン師は桜井和寿の次の歌詞を引用する。

抱いたはずが突き飛ばして
包むはずが切り刻んで
撫でるつもりが引っ掻いて
また愛 求める
解り合えたふりしたって
僕らは違った個体で
だけどひとつになりたくて
暗闇で もがいて もがいている

(シングル『掌』より)

 わかりあいたい、ひとつになりたい、優しくしたい。でも結局はわかりあえずまた傷つけてしまう、という桜井さんの感じる辛さに対して、「これを読んで、確かに心の本質、カルマの法則の一部を表しているなと感じた。「抱いたはずが突き飛ばして 包むはずが切り刻んで 撫でるつもりが引っ掻いて」のように、何か執着して“求めれば求めるほど、得られない”というのが真理だからだ」というメッターダッシン師のコメント。この辛さに対するの桜井さんの考えは、

ひとつにならなくていいよ
認め合うことができればさ
もちろん投げやりじゃなくて
……
価値観も 理念も 宗教もさ
ひとつにならなくていいよ
……
それだけが僕らの前の
暗闇を 優しく 散らして
光を 降らして 与えてくれる

という歌詞に示されている。これを読んだメッターダッシン師はいう。

 それ(その苦悩をどうすればよいのか)について、(旧オウム教が主張する)真理では、苦しみから抜け出す方法を説いている。(中略)修行によって、煩悩が減少することで、心の壁がなくなってきて、自然に心が解け合って、認め合えるという状態に近づいていけるのである。実際、私も修行を始める前は、いろいろもがき苦しんでいたが、修行をすることによって、徐々に煩悩が昇華され、心の壁が取り払われ、すごく楽になったのが実感できるようになったという経験がある。だから、最後に、私はみんなに言いたい。「認め合う」という努力は確かに素晴らしい。しかしそれだけでなく、認め合える心を培うための実践、“真理の修行”をすることで、真に智恵と慈悲の光を勝ち取って、周りに振りまいてほしい。

 このように、結局桜井和寿が感じた辛さに対して、「相手に執着すると苦悩しか生まれない。だから相手に執着しないように修行する必要がある。その苦悩を減少させる「真理の修行」を行うと、すごく楽になる。苦悩から脱すれば認め合えるようになる。みんなで修行をやろうよ」とメッターダッシン師は主張するわけだ。だがこれはおかしい。なぜなら、桜井はお互いにひとつになれないという苦悩を引き受けた上でどう認め合うかということを歌っているからだ。苦悩から逃れるのではなく、結局ひとつになれない辛さを絶えず感じながら、その上でお互いを認め合おうと努力し生きていくしかないし、そこに「光」が射し込むはずだと歌っているのだ。

 「ひとつになれない苦悩」を減らしては意味がない。ひとつになれない苦悩があるからこそ、だれかとちょっとわかりあえたと感じたとき、すごく幸せを感じてしまう。満たされない思いがあるからこそ、何かを求め、少しでも求めるものに近づいたときに、幸せを感じることができる。不満がなければ、幸せも感じることはないだろう。幸福感は、満たされないものが満たされたときにはじめて生じるのであって、満たされない状態を抱えながら生きなければ、幸せを感じることはない(哲学的にはショーペンハウエルの議論を参照)。腹減ってなきゃ何食ってもうまくない。


cover

 また、ひとつになれない辛さを引き受けるということは、相手を認めることでもある。他人を自分の思い通りすることなんて不可能だ。思い通りにできない(ひとつになれない)苦悩を抱えるからこそ、相手は相手なんだということをいつまでも痛感できる。「わかりあう」ことなんてできない、でもその上で、相手を「認める」努力をすべきじゃないか。そこにしか「光」は射し込まない。一方、メッターダッシン師がいうように自分と他人の間にある壁を取っ払う「修行」を行うということは、結局は「真理」という名のもとで「他人とひとつになる(=自分が信じる世界に他人を導き入れる)」行為なのだ。

 どうしてもわかりあえない。ひとつになれない。その辛さを抱えるからこそ「価値観も 理念も 宗教もさ ひとつにならなくていいよ」と桜井は歌う。「修行」なんてのは、これに反する。そもそもオウムがサリン事件を起こしたのも、「ひとつになれない」苦悩を無くせると考えたからではなかったのか。自らが信じる「真理」のために、「修行」と称して他人を殺害までして、「ひとつになろう」とした。「ひとつになれない(=結局わかりあえず、お互いがお互いの価値観で生きるしかない)」という苦悩を尊重せず、軽視したからこそ、あのようなテロを起こせたのだろう。歴史的に宗教が暴力に転じたのは、他者への寛容性を失ったときだと強く感じる。「わかりあえない」辛さを抱えながら生きることこそが、不当な暴力に満ちた悲劇の歴史を繰り返さないために、必要なのだ。

 俺にとって桜井さんの歌詞が心に響くのは、この「私は私でしかありえず、誰ともわかりあえない。でもその上で辛さを抱えながら認め合っていくしかない」ということを、彼が考え悩みぬいた上で言葉にして発するからだ。だから圧倒的に他のJ-popより深く響いてくる。大好きだ。俺も辛さを抱えたまま、わかりあえないまま、それでも誰かと一緒に寄り添っていたいな。できればいつまでも。最後にアルバムDicovery収録曲の『Simple』より引用。

喧嘩した時には欠点でもあんだけど
自分に正直で遠慮の無いとこにひかれんのさ
互いに背負った傷をいつしか
ちょっとはにかんで交換し合えたらいいな

寂しい曲も 哀しい曲も 君と奏でればいいや
失ったものを さりげなく憂いながら
微かな戸惑いを そっと吐き出しながら

ざあざあぶりの雨を全身で受けながら
凛々と茂るあの草木の様に
強く 強く


関連記事:ミスチル桜井は元AV男優という噂の真偽


Posted by gen at April 12, 2004 06:54 PM | TrackBack(2)
Comments

 ***→ へぇ〜 : [記事別Ranking]


Post a comment









Remember personal info?








Trackback
Title: ミスチル桜井和寿とエイベックス浜崎あゆみ
Excerpt: シフクノオト。 俺には全曲レビュー書けそうにないです。 言葉にできないっつーかなんつーか。 まあ、でもこうやって毎日更新していく中に、 シフクノオトのレビューは嫌でも入ってくるけどね。 今日は、浜崎あゆみのドキュメンタリーやってましたねー。 ついつ...
From: ミスチルバカのバカblog
Date: 2004.04.13
Title: 「くるみ」のクリップ
Excerpt: シフクノオト 発売を記念して、スペースシャワーTVで歴代PVのカウントダウンをやってました。 1位は「くるみ」 監督は丹下紘希氏。 2度観て、2度共泣きました。 人生に希望を失いかけてた中年が一本のギターに出会い、その希望を音楽に託す・・といった悲哀に近いテー...
From: soanblog 創庵
Date: 2004.04.13