感情の進化論1――世界は幻想である

 友人のBlogで玉音放送の現代語訳を読み想いを新たにしたせわしない今宵、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。さて、感情の進化論。またの名を、「この世界」の科学論。根源的な哲学でもある。重要なテーマなのでシリーズ化してわかりやすく書きます。長いですが、マジで面白いですよ。(註:わたしは進化的機能主義の立場から書いています。異論のある方はコメント欄に遠慮なくどうぞ)

■人間の意識の外側に色は存在しない

 「感情とは何か」という問いは、「心とは何か」という問いでもあるのだが、これはまず認識論に行き当たる。つまり、わたしたちの意識の外に独立した世界があるのだろうか?それともわたしたちの意識が世界を創っているのだろうか?哲学上の大問題だが、おそらくどちらの問い方も厳密には正しくない。世界は無色透明な可能性として存在している。が、わたしたちの意識が、幻想として、人間が認識するような世界を創りあげている。それは引田天功的なイリュージョンだ。

 たとえば、人間の意識の外側に色は存在しない。「赤さ」という経験は、特定の周波数を持った電磁波が網膜に当たったときに生じるものだ。匂いも外界には存在しない。ある特定の分子の配列が人間の鼻に触れたとき、はじめて「匂い」というものが生じる。甘さは砂糖分子の性質ではない。わたしたちの感情である。このことは決定的に重要なことだ。よく考えて欲しい。わたしたちの外側に、わたしたちがふだん認識しているような世界は一切存在していない。だからこそ夢や幻覚はリアルなのだ。

■心(感情)は「創発的性質」である

 色も匂いも土もコンクリートも創発的性質である。システム論の用語なのだが、この言葉は極めて極めて重要なキーワードだ。はてなキーワードによれば、創発とは「部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、部分が組織化することによって発生すること」である。

 わかりにくいだろうか。たとえば車の「乗り心地」「コーナリング性能」「騒音」「加速力」といったものも創発的性質である。車は無数のボルトと各パーツからできている。まず特定の部品の組み合わせが、「エンジン性能」という創発的性質をつくる。エンジンの性能はどの部品にも還元できない。ところがひとたび部品が組み合わせられると、「部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、部分が組織化することによって発生」してしまうのだ。さらに、エンジンやらボディ(シャーシ)やらサスペンションやら、複数の創発的性質が組み合わせられると、さらに複雑な創発的性質――車の性能(コーナリング性能、加速力etc...)――が生じてくる。創発的性質は、入れ子状になっている。さらに理解を促すために、引用しておこう。(興味ある方はどうぞ)

 システム論的では、「原子レベル」「物質レベル」「社会レベル」などのように世界を階層に分けて理解して、それぞれの階層に特有な性質のことを「創発的性質」と呼んでいます。 例えば、人間の体について見てみると、人間の手足などの形は“生命レベル”という階層においては、一つの意味のある性質です。けれども“原子レベル”で手足を見ても、その形質は全く意味を成しません。よって「手足の形」という性質は、“生命レベル”という階層において新たに出現した性質であるということが出来ます。このように、もともと下の階層にない特性が上位の階層で発現することを(システム論的に)「創発する」といいます。(引用元

 なぜこのような小難しい話をしたのか。それは「心(感情・認知・意識etc..)」も創発的性質に他ならないからだ。まず神経組織の相互作用があり、それらが組み合わさって「心」という複雑な創発的性質が出来上がる。だが「心」や「感情」は、どの神経組織にも還元できるものではない。さながら車の「騒音性能」が各部品に還元できるわけではないのと同じように。あるいは感銘を与える芸術作品の魅力が筆遣いや色遣いに還元できるわけではないのと同じく。

■進化は創発的性質に働きかけ、創発的性質が心の構造を決める

 大切なこと。それは、進化の淘汰圧(生存上・繁殖上有利なものを選別する圧力)は、心の創発的性質に対して働いているということ。神経細胞はたしかに神経系の実際の担い手ではあるのだが、それがどのように組織されるかは、その配列から生じる創発的性質が、生存上・繁殖上役立つ価値をもっているかどうかによる。心の機能的性質が、脳の物理的・化学的構造を作ってきたのだ。野球選手が打率(創発的性質)を上げるために体のさまざまな部分を改良するように。このことは重要だから繰り返しておく。物理的構造は二次的で機能的な帰結なのであり、機能的性質こそが構造のデザインを決めている

■感情の機能と進化 

 さて、ここからが感情の話。では、人間の感情の持つデザインと機能は何だろう。人間の脳が、遺伝子の存続にとって有利であったり不利であったりするこの世の出来事について、一般的な快感や不快感を形成できるような神経組織を進化させてきた。つまり、主観的な感情評価を進化させた生き物のみが、次世代に遺伝子を伝えることが出来たのだ。

 ここで冒頭に書いた認識論と組み合わせて考えてみよう。「甘さ」は砂糖分子の性質なのではない。それは、進化で生じた脳の創発的性質なのだ!糖分はエネルギーの重要な供給源である。もしも「おいしい」と感じるならば、より食べようとする。その結果エネルギーは満たされる。

■感情のメリット

 感情を持つメリットは何か。それは計算を行う必要がないということである(参考:恋人選びに関連して以前書いた記事)。感情を持つと、コスト少なく生存上・繁殖上有利な判断を下すことができる。砂糖分子のエネルギーに関する知識を持たなくとも、あるいは腐敗物の化学的知識を持たなくとも、甘い=食べよう/すっぱい=ヤバイと判断できる。個体は、世界の事象にについて、関係性についての知識を持たなくとも良くなる。科学的分析無しに、ほとんど科学的に妥当な判断を下すことができるのだ!

 最後に繰り返しておくが、わたしたちは「幻想」としてこの世界を知覚している。わたしたちの感覚は、外界の物理的変化を素直に反映してはしない。物理的な世界の特定の変化ではなく、わたしたちの意識的経験こそが、シグナルの強度の変化を規定している。たとえば、音が聞こえるのはある音域にあるときだけだ(だからMP3なんて技術が可能になる)。それはその音域を知覚することが生存上・繁殖上有利だったから。重要な環境上の変数をはっきり区別するような、意識的で主観的な経験が有利だったことから、進化は、世代を通じて、そのような経験を起こすことのできる神経機構を改良してきたのだ。わたしたちの感情は、わたしたちを守るために存在している。生物的に意味のある物理的(および社会的)世界の性質を増幅するフィルターである。だから、単純な「理性vs感情」という構図を描く前に、一度立ち止まって欲しいのだ。

※次回のテーマは「感情がなければ意味は存在しない」「人間とコンピューターを分けるもの」です。徐々に切込度の高い記事を書いてくつもりなので、ここまで読んでくださった方は、程よくお楽しみに!


Posted by gen at January 17, 2005 10:15 PM | TrackBack(0)
Comments

 ***→ へぇ〜 : [記事別Ranking]


初めまして。最近友人から紹介されここを覗くようになりました。
今回のエントリを読んでいて茂木健一郎氏などが研究している「クオリア」の事を思い出しました。ゲンさんが書こうとしてる事とはちょっと方向性が違うようですが。

この論考も面白そうです。次回のエントリ、楽しみにしてます。今回のシリーズを全部読んでみて思うことがあったらまたコメントさせて頂きますね。

ではでは。

Posted by: at January 18, 2005 12:14 AM

巧さん、はじめまして。

私も脳裏でクオリアを半ば意識しながら、このエントリーを書いていました。「クオリア」的な問題設定は、どうもよくわからないというのが正直なところです。イマイチぴんとこない。

でもおそらく、意識の問題を単に「創発的性質」といって斬って捨てると、零れ落ちるものがあるのでしょう。そこを問題化するには、有意義な概念だとは思います。

むむむ‥

とにかく、コメント&お読み頂きありがとうございました。是非またコメントをお待ちしています。

Posted by: Gen at January 18, 2005 02:35 AM
Post a comment









Remember personal info?








Trackback